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かみや/Kamiya

メタバースの中の私の小さな居場所を、写真と言葉で。

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Kamiya in VRChat

ネットで偶然見かけた動画がきっかけでVRChatを始めました。ちょうど中学3年生の頃のことです。osu!で知り合った友達と一緒にやってみようとなって、全員でログインしました。でもどこに行けばいいか、何をすればいいか、まったくわからなくて。世界が本当に広くて、完全に迷子になりました。

Beat Saberのプレイ動画もよく見ていたので、VRChat に Beat Saber のワールドがあるか気になって調べてみました。その時期はShatoo's UDON Beatsaber削除されたしか無かった。入ってみたら、そこでRURUKUに出会いました。

それからずっと友達として一緒に遊ぶようになりました。その頃RURUKUは VRChat の衣装制作に興味を持ち始めて、練習作をboothruruku14.booth.pmで無料配布するようになっていました。RURUKU の服かわいくてまさに自分の好みで、一目で好きになりました。RURUKU は今でも新しい衣装を作り続けて活躍しています。ただ最後に一緒に遊んだのがいつかは、正直もう覚えていません。

しばらくして忙しくなってきました。台湾の高校受験はシャレにならないぐらいハードで。周りと競い合って少しでも良い高校に入ろうとすると、時間も体力もほとんど全部持っていかれます。自然と VRChat から離れてしまって、かなり長い間やりませんでした。

戻ってきたのは高校2年生の時でした。外国人プレイヤーがパブリックワールドで知らない日本人たちとわちゃわちゃしているのを見て面白くなって、また始めました。今度は中国語話者のコミュニティを見つけて、そこで友達を作ろうとしていました。

その頃にXoF_eLtTiL(Little Fox を逆から読んだ名前)と出会いました。すごく優しくて、ゲームへの向き合い方も本物でした。中国語話者をもっと集めるために一緒にVRChat // VRGameという Discord サーバーを立ち上げました。ワールド巡り、たむろ、イベント主催。VRChat を広めて台湾のコミュニティを育てようとも頑張っていました。当時はまだ本当に小さかったので。VRChat の中国語ローカライズの実現にも携わりました。

その頃に羽棉ユキノ(日本語の名前ですが台湾人です)とも出会いました。彼がLamy FamilyLM_Lamyが作った VRChat のファウンドファミリーに紹介してくれました。それぞれ役割があって、羽棉ユキノお母さん役で、僕は子供のひとりです。集まったり、一緒にゲームしたり、ただまったりしたり。今でもその一員です。かしわmoti のところに移ってからもそれは変わっていません。

そしてまた、大学受験がやってきました。同じパターンで、しばらく静かになって、みんなとも疎遠になってしまいました。

大学に入ってから日本語話者向け集会場「FUJIYAMA」JPに通うようになって、そこでかしわmotiに出会いました。気づかないうちに笑わせてくる人で、その奥には本当の温かさがある。自分のことを「拡声器から生まれた革命児」と言っていて、まさにそのとおりで、いつでもパブリックインスタンスに居る人を引き込んで、紹介して、みんなで一緒に遊ばせてしまう。Little Fox と自分がやろうとしていたことと同じエネルギーで、それをもっとうるさくやっている感じです。

かしわmoti を通じてゲームに戻ってきたことで、りくるーとに出会えました。自分の荒削りなところを全部、何でもないことのように受け止めてくれた人です。今も一緒にいます。❤️

かしわmoti のところのもうひとつの特徴は、VRChat の中だけで終わらないこと。Minecraft や R.E.P.O.、その週に誰かがチャットに投げ込んだゲームに広がっていく。毎回なんらかの形でカオスになって、必ず誰かが絶叫する。本当に今まで関わってきた中で一番楽しいグループのひとつです。

VRChat で見かけたら声をかけてください。噛みませんから。ワールドを探索してる最中かもしれないし、どこかに突っ立ってスクリーンショットを撮ってるだけかもしれないけど、どっちにしても来てください。